穐吉敏子・初期の名盤<87>2010.9.27.盛岡タイムス

 09年発売の「和ジャズ・ディスクガイド」本で紹介された穐吉敏子さんの作品「アメイギング・トシコ・アキヨシ」53年。当時来日中のオスカー・ピーターソンが、銀座の「テネシー」と「クラブ・ニュー銀座」で聴いた「穐吉敏子」に感動したことがきっかけとなって、急遽ラジオ東京スタジオで録音され、10インチ(25センチ)盤LPとして、アメリカで発売になった穐吉敏子の初リーダー作。この処女作が日本のレコード会社の企画・制作・発売でなかったことが、このレコードに出合った時の僕としては、くやしくて仕方なかったのを覚えている。穐吉さんが当時を振り返っていうところの「私は小っちゃな井戸の大きなカエルだった」が当時の全てを語っており、今にしてみれば「最初から世界がアキヨシを相手にした」ということだったのか、と思い知らされる。

 「ザ・トシコ・トリオ」は56年の渡米後間もなく録音された、渡米第一作。9曲中6曲が彼女のオリジナルであったことも、当時の意気込みが伝わる。白黒にブルーをかけたジャケットも今だ最高人気。

 「黄色い長い道」(61年)は、朝日ソノラマから4曲入りソノシート盤で発売されたもの。録音は全5曲で、表題曲の他「箱根のたそがれ」「木更津甚句」「ソルベージ・ソング」「ディープ・リヴァー」この中から、同年4月号「朝日ソノラマ」には「ソルベージ・ソング」が未収録。「秋吉敏子リサイタル」には「箱根のたそがれ」が未収録。CD化になってからは全曲が集録されている初帰国記念録音盤だ。

 「トシコ=マリアーノ/魅惑のジャズ」は、その2年後2度目の来日時の63年に宮沢昭、原田政長、猪股猛等と録音した、表題の如く魅惑的な演奏。

そしてその年に生まれた娘・マンディ満ちるのために65年に録音した「トシコの子守歌」は表題曲を中心とする世界の童謡をモダンジャズ化したレコード。

 前回紹介の「ウエストサイド」はミュージカル・ウエストサイド物語をテーマにした作品。これら全7作が「和ジャズ・ディスクガイド」(50年代~80年代)で選ばれてました。