原点のスイート・ロレイン<7>2009.3.2.盛岡タイムス

 終戦後の’46年、満州から日本へ引き揚げてきたとき、穐吉敏子さんは16歳だった。父の実家があった大分で日本の生活が始まったが、4人姉妹で末っ子だった彼女は、三女玲子さんが別府の療養所に結核で入院したため、次女の美代子さんが看病のためその別府に行き薬局勤めをしていた。その姉たちのいる別府に遊びに行ったとき姉と散歩中に「鶴見ダンスホール」の張り紙「ピアニスト募集」を見て中に入り、マネージャーに尋ねたら即、晩から雇ってくれたという。

 そこでジャズピアニストとして働いていたある日、1人の客がピアノが弾けているが、あれがジャズだと思ったら間違いだと言って、招いてくれた。その福井参郎さんという方の自宅で、大量にあったレコードの中からとり出して聴かせてくれたテディ・ウイルソンがピアノを弾いた「スイート・ロレイン」。そのエレガントで美しい音楽にショックを受けジャズへの認識を新たにした穐吉敏子さん。

 彼女にとってジャズの原点となったその曲を、初演することになったのは、それから60年後の’06年3月10日のことだった。穐吉流にアレンジをほどこして、リニューアル成ったその「スイート・ロレイン」は、穐吉敏子(ピアノ)、ルー・タバキン(テナーサクス)、ジョージ・ムラツ(ベース)、ルイス・ナッシュ(ドラム)という、さ、最強カルテットでの演奏。なんと会場には、福井さんの元気なお姿。原点を忘れぬ穐吉敏子さんの、真に恩返しの演奏!と聴いた。

 主催者が用意した会場は、穐吉さんがジャズを始めた当時の姿を今にとどめる、古い別府市の旧公会堂。老朽化のため2階席は使えないとしながらも、ロビーから客席入り口のドアに至るまでの廊下や階段に赤じゅうたん、照明、写真、生花、パネル、大人数のスタッフに至るまで、まるでそこは、穐吉ミュージアム。その日のための演出。至上の人を最高の気持ちで迎える。熱き心。別府のジャズファン気質をまざまざと見せられた1日でした。