北海道虻田郡に、留寿都(ルスツ)という、人口2千人の村があり、その村役場近くに全宗寺という臨済宗の禅寺がある。住職は伊藤明詮という方だが、かつては、伊藤文という名の、ジャズ・ピアニストだった。
彼は79年の2月から、80年代前半にかけて、かつての僕の店「陸前高田のジョニー」にやって来ては、当時山下洋輔に代表されるフリー・ジャズ・スタイルで、自作曲を演奏する人であった。しかも汗が雨の如く降った。
あるとき、パタリと音さたがなくなり、どうしたのかなと思っていると、鎌倉の円覚寺、横浜の同寺別院などが住所の彼から、はがきが届いたことがあった。
何と坊さんの修行としているというのであった。その後、伊豆の山中にある、菩薩林禅道場にて座禅を行い、托鉢で生計を立てる役僧を経て、北海道が出身ということもあってか、現在の全宗寺に配属となり、翌平成5年(93年)に住職となった。とはいえ、ピアノからは離れられず、寺の厨では、アップライト・ピアノを弾いている。
ジャズの生きた神仏。いや、生きる伝説、穐吉敏子さんにあこがれ、01年、村にて、前代未聞のジャズ。しかも、世界のトップの座にある、穐吉敏子ソロ・コンサート開催。穐吉さんと同じ九州の出身だという、当時の澤村長も大感動のご様子で、話に花が咲いた。
今回09年6月13日(土)は、村の教育委員会と、実行委が共催し、穐吉敏子&ルー・タバキン・ヴィンテージ・デュオを村の公民館で開催した。ステージに生けられた草木などは、開拓時代を思いおこされる荷車などを使い、まるで、農家の庭先にステージを作ったような趣きとなった。しつらえたのは、盛岡に端を発する「ビックリ・ドンキー」の内外装を手掛けているという今関さん、その人。
当日のCD・ジャケットのようなパンフを作ったのは在家の僧でペンション「スカイ・ビー」を経営する中村さん。前回の穐吉さんが取り持った縁で、伊藤住職とは「おーい」の仲となり、二人で朝茶をしてるという。