ニューヨークのトルコ行進曲<64>2010.4.5.盛岡タイムス

 10年3月27日、成田発着の「ジョニーと行く穐吉敏子への旅」に参加したのは、盛岡を中心に県内や札幌、東京などから13名。もちろんすべてジョニーの知り合い。

  全日空NH002便。ANAのカウンターで、表示のNHについて尋ねると、昔の日本ヘリコプターの略なのだという。何となくほのぼのしい気分になった。

  最初の目的地、ワシントンDCに到着したのは、日付変更線やら、アメリカのサマータイムの関係などもあり、同日同時刻ころだった。空港の入国審査官が「チェリー・ブロッサムに来たのかい?」と聞いたほど、3月27日は「DCの桜まつり」の初日。

  1912年、日本からワシントンに贈られた3千本の「友情桜」は、何倍にも増えて、美しい花を咲かせ、街をピンク色に染めていた。

  その桜の名所近くにある、米国立ケネディセンター。その中に「KC・JAZZ・CLUB」という、50テーブル、200人が座れるシアター風のクラブがある。さすがジャズの国!今夜は、そうわれらがジャズ・ピアニスト・穐吉敏子さんがトリオで出演するのである。

  同センターのベランダから眺める、ポトマックリバーの夜景もまた、筆舌に尽しがたい美しさ。演奏は、例の「黄色い長い道」で始まり「ホープ」で終わるプログラムだが、曲間の話でさえも聴衆をドッと笑わせる話術もまた「芸術的」である。

  「すみ絵」「エレジー」「秋の海」「ブロークン・ドリーム」「ドラム・コンファレンス」などのオリジナル曲が中心であるが、僕がビックリしたのは、何と「トルコ行進曲」を演奏したことだった。おそらくコンサートでの初演だろう。穐吉さんが演奏するこの曲を聴けただけでも、アメリカへ来たかいがあったと、皆カンゲキ!

  この「トルコマーチ」は穐吉さん小学1年の時、先輩が弾いたのを聴いて、わたしもあんな風に弾きたいと、ピアノを始めるキッカケとなった曲であり、終戦で満州(現中国)の家が、ロシア軍に摂取されるという時、ロシア兵の前でピアノとの別れに弾いた、忘れられない曲。それをついにジャズに仕立て直したのであった。ああ。(シカゴ・ホリデイ・インにて)